ゴールを設定する

世間でよくあるコーチングでは、ゴールを設定するところから始まる。まずゴールを設定しないと、コーチングのセッションが始まらない。

でも私が行う苫米地式コーチングでは、ゴールは現状の外側に設定するといい、そのゴールを設定することがまず難しい。だから、コーチングの中ではクライアントがゴールを探すのをコーチがお手伝いすることも多い。

ではなぜ、現状の外側のゴール設定は難しいのだろうか?

あなたは今、現状という居心地のいい物理的、心理的な空間であるコンフォートゾーンの中にいる。コンフォートゾーンの外は見えないので、当然ゴールを見つけるのは難しい。

コンフォートゾーンの中にいる時は、スポーツに例えると、ホーム/アウェイの完全にホームにいる感じだ。ホームゲームでは、いつもの慣れ親しんだ環境、チームメート、サポーターがいて、リラックスしてチームの能力を最大限に発揮できるだろう。

コンフォートゾーンというのは、自分にとって重要なものの集まりである。ちょっと観念的な言い方だが、「居心地がいい」というのは、自分が大事だと思うものに囲まれていて心地良いのだといえば、理解できるだろう。逆に自分にとってどうでもいいものは、有っても無くても気に留めない。

そして脳には、自分にとって重要な情報を認識し、重要ではない情報は認識に上げないように働くフィルターシステムがある。それをReticular Activating System(RAS、網様体賦活系)という。

脳の活動には大量のエネルギーが必要で、視覚、聴覚、触覚など五感で得られる情報を全て認識して処理していたのでは、脳がパンクしてしまう。だから、生命の危機に関するものや自分にとって重要なもの以外は、見えていても見ていない。目の前で見ていると思っていても、過去に一度見たことがあるものは、記憶から情報を引っ張り出して、それを上手に合成することで手抜きをしている。認識には上がってこないのだ。そのように目の前に存在はするが、認識には上がってこない場所のことをスコトーマ(盲点)という。

例えば、結婚してまだ子どもがいなかった頃は、自宅周辺を歩いていても、乳母車にのった赤ちゃんがたくさんいることに気づかなかったのに、子どもが生まれた途端、「最近、この辺に赤ちゃんが多くないか?」と思ったりする。自分の大切な子どもを授かったことで、同じような子どもに対する重要度が上がり、これまでは見ていても認識に上がらなかったのが、急に認識に上がるようになったのだ。

さて、ゴール設定の話に戻ろう。

コンフォートゾーンの外側は見えないと言った。コンフォートゾンの内側は、自分にとって重要なものの集まりだから、見聞きするものは全てコンフォートゾーンに相応しいものばかりと言うことになる。逆にコンフォートゾーンの外は、今の自分にとって重要なことではないので、たとえそれを見ていてもRASの働きによって認識に上がってこないのだ。

今、とても重要なことを言った。

見えていなくても、コンフォートゾーンの外にあなたのゴールは存在する。ただ、今はスコトーマとなっていて見えていない。つまり、スコトーマには大きなチャンスがあると言うことだ。あなたがそのチャンスに気づくのを待っていると言うことだ。

そのスコトーマを見えるようにするための方法が、現状の外側のゴール設定だ。

でも何か堂々巡りしていないか?

現状の外にあるゴールが見えないから、スコトーマを外すための方法を探っていて、結局、現状の外にゴールを設定するのが解決方法だなんて!

でもそういうものなのである。

どのみち、ゴールというのははっきりとは見えないのである。ぼんやりとは見えるが、ちょっと抽象的なものである。例えば「世界から戦争と差別をなくす!」といったことだ。この例は抽象度がかなり高いが、そこまで抽象度が高くなくても自分の現状との兼ね合いで、現状の外になっていればいいだろう。一度設定したゴールが現状の中になっていると気づけば、再設定すればいいだけだ。ゴールは何度でも変更して構わない。

ひとつコツを教えよう。ゴールは自分の幸福のためだけではなく、少しは他人の幸福も含んだ公共性を帯びたものが望ましい。なぜなら、公共性を帯びることで抽象度が上がり、現状の外側に出やすくなるからだ。

そういうぼんやりとしていても多少公共性のあるゴールをとにかく設定してみよう。

そして、これもとても重要なことだが、そのゴールを達成するのは自分の責任範囲であるとしっかり自覚することだ。人は自分に責任(accountable)があると思わなければ起動しない。

さらに、当然そのゴールは心から達成したいものであるということも確認しておこう。

でも「心からやりたい」というのも、実は単純ではない。そもそも私たちは自分にとって重要なことを必ずしも自分で決めていないことがあるからだ。

だから、心からやりたいと思うことが見つかったら、果たしてそれをやりたいと思ったのは、自分が主体的に考えてそう思ったのか、それとも誰かに言われてそう思ったのかをよく吟味してみることである。もし他人から言われた通りのゴールを目指してしまったら、他人の人生を歩んでしまうことになる。

現状の外側のゴール設定というのはコーチングの最もコアなテーマであって、他のキーワードとも関連が深く、話が複雑になった。ゴール設定した後、現状の外側に移行していくには、次のステップがあるのだが、それはまた別の機会としよう。(end)